?・・・これは夢?
気が付くと俺は何もない空間にただ漂っていた。
右も左も前も後ろも、いや、上下感覚すらもない奇妙な空間の中で俺はその空間の一部となっていた。
そう、俺はその空間と一体と化しそこにいる状態だった。
何がなんだかわからないでいると、不意に声が聞こえていた。
しかし、どんな内容なのかわからない。
ただ、誰かと誰かが、激しく罵り合っている風景が浮かんできた。
「き・・・か!!・・・こそ・・・に・・・!!」
「なん・・・る!!・・・ち・・・ない!!」
「・・・はり・・・おれ・・・では・・・・ったか・・・」
「やる・・・か・・・いい・・・よう」
その瞬間俺の視界がおぼろげながら開け、そこには大昔の服装をした二人の男が対峙していた。
いつ闘いを初めてもおかしく無い程の緊迫感溢れる光景だった。
しかし俺の視線はその二人の顔に集中していた。
それは・・・その顔は・・・
俺が目を覚ました時、ここが何処なのか?すぐには思い出せなかった。
「ああ、そうだ。ここはノルウェーだったな・・・そして・・・そして・・・!!!」
そこまで思い出すと急に全身の血の気が引いた。
空調も効いている筈なのに全身の悪寒が止まらない。
俺は恐る恐る、自分の真横に視線を向けてみた。
そこには・・・俺のすぐ隣には、まるで天使の寝顔を浮かべ、心の底から幸福に満ちた表情の銀髪の少女がいた。
ちなみに俺も彼女も一糸纏わぬ姿・・・簡単に言えば全裸・・・でベッドの周辺には、俺と彼女の服と思われる衣服が多数散乱している。
俺はそれでも最後の望みを託して、そっとシートをめくって見た。
ちょうど、彼女の・・・沙貴の腹部周辺のシートに残る血痕・・・
「やっぱり・・・やってしまった・・・」
俺はそれだけ言うと頭を抱えた。
あの後・・・沙貴とシャワーを浴びた直後、俺は・・・最低な事に・・・沙貴の裸に欲情し・・・強引に押し倒し、事に及んだ。
実は仕事が終わると時々、一つの欲望が急速に膨れ上がることがある。
それは、食欲であれば、五・六人分の食事を平気な顔で平らげ、また睡眠欲なら丸一日でも眠り続ける。
しかし・・・一番の問題は性欲の方だったりする。
相手がいないのではない。
内容が平常の俺と考えられない程、ハードかつ、鬼畜なのだ。
最初の暴走時には、アルクェイド達六人まとめて三日三晩、とても言い表せられない程の行為を働き、ようやく収まった時には、どういう状況だったか・・・今でも思い出したくない。
なにしろ、こういった事に一番慣れている琥珀さんですら終盤には許しを請う事しかしなかったし・・・
それが今回は沙貴との状況で暴走するとは・・・
俺が本気で頭を抱え罪悪感を感じていると、
「・・・ううん・・・あれ?ここ・・・」
横から声が聞こえてきた。
「・・・よ、よう沙貴・・・おはよう・・・」
「あっ、兄様・・・いえ・・・あなた、おはようございます」
「ぶっ!!!」
いきなり投下された沙貴の爆弾に俺は絶句した。
しかし、恥ずかしげにシートで自分の裸を隠し頬を微かに紅くする沙貴がなんか・・・違う!
「さ、沙貴・・・その呼び名は?」
「えっ?・・・だって・・・私・・・あそこまで・・・初めてだったのに・・・もう私、あなたの所にお嫁に行くしかありません」
「・・・」
やっぱり・・・俺ってここまで節操なかったのか?
「・・・しくしくしくしく・・・」
「?あなた?どうかなされたのですか?あなた!」
「沙貴、・・・頼むからそれは止めてくれ・・・」
結局俺は、ホテルをチェックアウトするまで自分への嫌悪感に押し潰されそうになりながら、落ち込んでいた・・・
それでも何とか呼び方を『兄様』に戻してもらったが・・・
俺達が、第二の凶夜の遺産、『時空を歪める像』が封印されていると言う洞窟に着いたのはそれから二十八時間後の事であった。
「・・・鳳明さん、ここにあるんですか? 『時空を歪める像』は?」
「ああ、何でも、今から五百年前、この洞窟の麓にある村の教会に安置されたマリア像だったらしい。ところが、遺産と化してからはその教会で神隠しやら怪現象やらが多発した為、像をこの洞窟に封印したそうだ」
「じゃあ気を付けたほうがいいですね。洞窟に一歩入った瞬間に時空の狭間に落とされたんじゃあ、たまったものじゃあありませんよ」
「ああ、現にこの洞窟は一歩でも踏み込めば二度と戻らない『還らずの穴』と呼ばれている」
「ですが、ここに入らないと何も始まりませんよ」
「ああ、沙貴の言うとおりだな。志貴、入るか」
「はい」
そう言いながら、俺は恐る恐る、この洞窟に足を踏み入れた。
いざ入って見ると、洞窟内はいたって普通だ。
別に『凶夜』の気配を『空間を繋ぐ館』の様に感じる訳でもない。
普通のいたって普通の洞窟だった。
・・・外観は。
中には生命の感覚がまるでしない。
それはあたかも死後の世界・・・冥府の様な空気・・・
「・・・ちっ、沙貴、志貴から絶対に離れるな。少しでも離れたら、その途端、時空間の穴に落とされるぞ」
「それは分かりましたが、鳳明さん、何故、沙貴は俺にここまでしがみ付いているんですか?」
そう、沙貴は今俺の右腕を取り、もろに体を密接させている。
おかげで今俺は左腕で懐中電灯を持つ為、『凶断』・『凶薙』を全く持つ事が出来ない状態なのだ。
「こいつは仕方ない。どうやら奴ら、志貴を絶対に時空の狭間に落としたくない様だ。志貴の近くなら時空の穴が発生しない。お前だって沙貴を落としたくないだろう?」
「それは当然ですよ。ただ・・・」
そう、ひとつ問題があるのだ。
それは・・・俺の右腕にさっきから感じる、やわらかい感触・・・そう、沙貴の胸の感触に今一つ仕事に集中出来ないのだ。
ちなみに沙貴はそんなことに気づく気配も無く、うっとりした表情で俺の腕に子供の様にしがみついている。
それだから俺の腕は沙貴の胸に挟まれる形になってしまった。
(何しろ、アルクェイド以上だもんな・・・沙貴って・・・)
ふと二日前の事を思い出した俺は、そんな不埒な事を考えている内に目的地に着いた様だ。突然開けた場所に辿り着き、その祭壇に、一つのマリア像が安置されていた。
上から太陽の光で照らされる所を見ると天井部分が崩れている様だ。
しかし俺は確かに感じ取っていた。この像から中心に感じ取る瘴気を。
『空間を繋げる館』と同じ瘴気を。
「!!・・・沙貴、離れろ」
その瘴気を感じ取った瞬間俺は沙貴を突き放す様に放すと、懐中電灯を投げ捨て、眼鏡を外すと『凶断』・『凶薙』を一気に抜刀した。
沙貴も先刻までの表情を一変させいつでも包帯を取れる体勢を取っている。
俺が今まで見たことも無い表情の沙貴、これが『破光の堕天使』と恐れられる沙貴の表情なのだろう。
そして暫く俺たちは像を睨み付ける様に対峙していたが、やがて
「ご安心を、私の能力では直接貴方がたを殺せませんよ」
そんな声と同時に像の影から湧き出るように、一人の男が姿を現した。
一見すると、平安時代の貴族の様な姿をした男・・・
「貴方がこの像を支配する『凶夜』ですね?」
「左様です、七夜沙貴。私が『時空の制圧者たる凶夜』です」
「確か、正確な名前は七夜風鐘でしたか」
俺がそういうと風鐘は驚いた様に俺を見ると、
「いや失礼、一体幾年ぶりか、私の名を正確に覚えていた者と巡り会おうとは・・・さて七夜志貴よ、おそらくは答えは定まっていると思うが改めて問いたい。私達の復讐に協力する気は無いですか?」
「あんたなら分かっている筈だ。既に遺産を一つ破壊した俺がそれに乗る気は無いと言う事位」
「風鐘、お前も俺も永くこの世に存在しすぎたんだ。後は生き残れし七夜が罪を償いながら生きてゆく。だから・・・」
「だから、さっさと消えろと言いたいのですか?七夜鳳明よ!!」
「!!」
鳳明さんの言葉を聞いた瞬間、風鐘は表情を一変し声を荒げた。
「・・・七夜志貴よ、君は乱蒼に我らの復讐を『甘ったれた思い上がり』と言ったな?しかしな、君には判るまい、望みもせず、生れ落ちた時より共にして来た力により苦しんで来た我らの苦悩を・・・誰にも頼りにされずただいただけの者達の憎しみを・・・たとえ・・・思い上がりであろうとも復讐を果たせぬ事には、我ら遺産の魂は無論の事、不条理に消えていった魂たちは永遠に闇を彷徨い続ける!!やはり判り合えぬか・・・良いでしょう、かくなる上は私が貴方がたを屠りましょう。我が"力の象徴"により!!!」
そう叫ぶと同時に像の影から何かが吹き上げてきた。
それは一見すると釣竿を担ぎ、魚篭を腰に巻きつけた一人の釣り人だった。
しかしその釣り人は・・・翁の面で顔を覆い隠していた。
「これが私の象徴『時空を釣堀とせん翁』です・・・と言っても私や翁は乱蒼と違い、直接貴方がたに手を下せません」
「そうだろうな。じゃあどうする気だ?」
「こうするんですよ」
そう言うとその奇怪な釣り人は突如現れた真っ黒な空間に釣り糸を垂らし始めた。
「??」
しかし俺達はこの遺産の力を過小評価し過ぎたようだった。
暫くして、その黒き空間から何本の腕が湧き上がり何かが這い上がってきた。
そしてその姿を見た俺は驚愕と共に二度と会う事も呼ぶ事も無いであろう名を叫んでいた。
「き、貴様!!ネロ・カオス!!」
「・・・ほうこれは奇怪な・・・まさか一度殺した人間に会おうとは」
そう呟くと、奴は、あの独特のギョロリとした眼で俺を睨み付ける。
「に、兄様・・・ネロ・カオスって・・・」
「ああ、俺が三年前、殺した死徒だ・・・くそっ、なんて厄介な奴を」
「それだけではありませんよ。君はよほど怨まれているようですね。君に強き念を持つ者を一度に五人も釣るとは」
「なんだと?」
「二人目が来ましたね」
そういうや否や今度は、
「ロ、ロア!!」
「ふぬ、世の中には不条理な事も起こる様だな、ようやく私の念願もかなおうと言う時にあの時殺した者に巡り合おうとは」
そう呟くながら、現れたのは紛れも無い、長い間アルクェイドと先輩を苦しめ続けた『アカシャの蛇』ミハイル・ロア・バンダムヨォンだった。
更に、
「くそっ!!何処だここは!!・・・ん?!!き、貴様、志貴!!!」
「シ、シキ!!!」
「くくくくく・・・ひゃーーーーーっはははははっは!!!!こいつはいい!!こいつは良いぞ!!志貴!!一度殺しても飽きたりねえ貴様をもう一度殺せるなんてなぁ!!!」
放り出されるように現れたのは秋葉の実の兄、遠野四季。
続けざまにその背後から無言で現れたのは
「!!!こ、紅摩・・・貴様まで・・・」
かつて、七夜の里を、俺の親父・・・お袋、里の皆を遠野と共に滅ぼした紅赤朱、そしてあの日満足の表情の内に死んでいった、軋間紅摩も姿を現した。
「おや?どうやら最後の五人目も来たようだね」
その風鐘の言葉と共に現れたのは一人の少女だった。
その姿に俺は驚愕と共に絶望感まで覚えて恐る恐るその名を呼んだ。
「・・・ゆ、弓・・・塚・・・」
「あれっ・・・志貴君?・・・志貴君なの?」
その少女・・・弓塚さつきはあの時と同じ様に屈託の無い笑顔を俺に向けていた。
しかし俺は感じていた、その笑顔で隠し切れないほどの魔の者としての瘴気と血の臭い・・・明らかにあの弓塚はもう人ではない。
「嬉しいな志貴君とまた会えるなんて、そして・・・また志貴君を殺せて!!」
その言葉と共に弓塚は俺に襲い掛かってきた。
しかし、もう既に察知していた俺は容易く『凶断』で防ぐと、『凶薙』から雷を降臨させた。
「くっ!!」
その一撃を弓塚はかわすと、すばやく俺と距離を置いた。
「しかし、これは一体?何故奴らが・・・」
「くそ迂闊だった。あの"力の象徴"はただ時空を経由するだけじゃない。『平行時空』をも行き来出来る力を持っていやがる」
「何です!!その『平行時空』と言うのは!」
「簡単に言えば『もしもの世界』だ!!」
その説明で納得がいった。ようは『もし、俺がアルクェイドと出会わなかった場合の世界』と言う事か・・・
つまりこいつらは、
「俺と戦い、俺が敗れ死んだと仮定された世界から召喚されたと言う事ですか?」
「そう言う事だ」
「さすがに七夜鳳明は聡明ですね。最も対象の人物に、よほど大きな念を持たなければ召喚など出来ませんが。それに更に付け加えるなら、彼らは私の操り人形ですよ」
「くっ!!」
「・・・で、俺を呼びし者よ、俺は何をすれば良いのか?」
今まで黙っていた軋間がぼそりと呟く。
「ああ、そうでした。あなた方には七夜志貴を・・・抹殺していただきたい」
「しかし、この人間、以前より力が増している。これはどう言う事だ?」
「それは当然でしょう。何しろあなた方をこちらの世界では殺しているのですから。彼自身の能力もまたあなた方と戦った頃と比べると飛躍的に伸びています。普通に戦えば五人とも抹殺されるでしょうね」
「じゃあどうする気だ?おい」
「簡単ですよ。こうするのです」
そういった瞬間、
「ぐっ!!!」
体が極端な程重くなった。
「き・・・き・・・さ・・・ま・・・なに・・・を」
「簡単ですよ。ちょっとした戒めをね」
そう言われ改めて気が付いた。
俺の体が白い綿の様なもので隙間無く覆われている。
俺の体の自由をこれが奪っているのだ。
そして、その綿は、召喚された五人の体に繋がっている。
「七夜志貴、君が自由を取り戻すにはその五人を屠るしかありませんよ。もっともその体で戦えればの話ですが」
その言葉と同時に黒い狼が二匹出現した。
「くっ!ネロか!!」
とっさに俺は『凶断』を構えようとしても、手はぴくりとも動かない。
「くそっ!!」
そうこうしている内に、二匹の獣が俺の喉元を食い千切ろうとした時、不意に何か黒い風が横切り、その狼の頭部を吹っ飛ばした。
いや、正確には黒い風がその頭部を崩壊させた。
「さ、沙貴?」
「兄様ご無事ですか?」
その言葉と共に、右手の包帯のみを外した沙貴が俺の横に立つと、五人に立ち塞がる形で対峙した。
「・・・貴方がた、私の兄様には髪の毛一本とて触れさせません。私がお相手します」
その言葉に向こうからは嘲笑が漏れた。
「ふふっ貴女、随分と可笑しい事言うね。少し変な能力を持っているからって私に・・・勝てるの!!」
その言葉と同時に弓塚が沙貴に襲い掛かった。
「ええ、貴女みたいな、まだまだ半人前の死徒一人なら片手でも」
沙貴は小声でそう呟くと、弓塚の一撃をいとも簡単にかわすと、『破壊光』に覆われた右手を弓塚の腹部に押し当てようとした。
が、今度は、真紅の剣が沙貴に襲い掛かって来た為、沙貴はあえなく攻撃を中断し、素早く剣を残らず破壊し、一旦距離を置いた。
「な、なんなの!!あれ?」
「俺の力が通用しねえだとぉ!!」
「ふむ、どう見るか?混沌よ」
「なるほど、あの黒き瘴気は物の形状の存続を不可能にするらしいな」
「・・・・・・」
「ふふっ、ですが七夜沙貴よ、貴女一人で彼らを相手できるのですか?」
「くっ・・・」
はっきり言って不可能だ。
例えば、ネロ・カオスが足止めの任を背負えば、沙貴は確実に時間を取られる。
またネロでなくても負けない戦いをされればてこずる事は間違いない。
そして俺はどう足掻いても、指すら動かない。
鳳明さんも俺の体内に入っていたのが災いし、ぴくりとも動かない。
「更に、五人全員でかかればどうなるでしょうか?」
「ううっ・・・」
「五対一で貴女に勝ち目があるとは思えませんね。まあ、お喋りはそこまでにしましょう。お前たち掛かれ」
その言葉と同時に奴ら五人が同時に襲い掛かった。
「兄様ご免なさい。私護りきれないかも知れません。ですが・・・私死んでも兄様には絶対に指一本と触れさせませんから!!」
そう叫び、左手の包帯も取ると、『破壊光』を発動させ敵の攻撃に備えた。
しかしその瞬間、ロアと軋間は白い突風のようなものに、ネロと弓塚は数え切れないほどの大量の剣に、そして四季は紅い何かによって、それぞれ吹き飛ばされた。
「・・・へえ、やっぱり志貴を追っかけて正解だったようねシエル」
「ええ、まさかもう一度、会うとは思いませんでしたね」
「そ、その声は・・・アルクェイド?それに先輩?」
「そうに決まっているでしょう志貴」
「もう、何を今更言っているんですか?七夜君」
俺達の前に颯爽と現れたアルクェイドと先輩は、さも当然といった風にそう言った。
そして俺の後方からは、
「何をやっているのですか、兄さん?そんな死にぞこないを相手に?」
その言葉が聞こえてきた。
おれがかろうじて首を動かすと同時に
ぱん、と、乾いた音と同時に、頬に軽い痛みが走った。
「・・・なぜ叩く秋葉?」
「当然です。先日私の頬を打ったお返しです」
そう厳しい口調で言う秋葉。しかし、その表情にはわだかまりというものは一切感じられなかった。
「なんと!!姫君!!」
「むっ!!わが娘よ!!」
「あ、秋葉かぁぁ!!」
また、向こうは向こうで新たに現れたアルクェイド達に驚愕する者、狂喜する者とで二分されている。
「志貴様!」
「翡翠?じゃあ・・・」
「はいはい、私ももちろんいますよー志貴さん」
「・・・私もいます」
「琥珀さん、レン、でも・・・どうして・・・」
「志貴、話は後よ」
「はい、まずはロア達を始末する事から始めましょう」
「私はあの遠野の恥さらしを始末します。アルクェイドさん、シエルさんよろしいですね?」
「ええ別にいいわよ。私はロアをやるから、シエルあんたにはネロを頼むわね」
「なっ!!何言っているんですか!!私もロアには積もりに積もった恨みがあるんですよ!ロアは私がやります!」
「何言っているのよシエル!!私の恨みの方があんたの何千倍もあるのよ!!あの時は志貴に取られちゃったけど私もロアを殺したかったんだから私の番よ!!」
「それはこっちの台詞です!!大体貴女はロアを十六回も殺しているでしょう!!一回位私に寄越しなさい!!」
そんな口論を聞いていると、
「兄様、これで勝ち目が出てきました。アルクェイドさん・シエルさんそれに秋葉さんがお一人ずつ、そして私が二人、これで対等に闘えます」
「・・・くっ、だが、お前は大丈夫なのか沙貴?相手は・・・」
「大丈夫です兄様。あれぐらいの相手なら」
「ちょっとあなた」
先輩と口論していたアルクェイドが沙貴の言葉を聞き咎めたのか口を挟んで来た。
気が付けば先輩や秋葉も沙貴を見ている。
「ずいぶんと、威勢の良い事言っているけど、ただの人間が死徒二十七祖と対等に渡り合えると思っているの?」
「まったくです。いくら七夜の末裔と言っても、七夜君並と言う訳ではないでしょう?」
「いくら兄さんの前で良い所を見せたいと言っても、身の程を知らないと大怪我するわよ」
しかし今度はその言葉に眉一つ動かさず、沙貴は目にも止まらぬ速さで襲い掛かってきた虎を右手でむんずと掴んだ。
「「「ええ!!」」」
「・・・うるさいわよ。人が話してる最中だからとっとと消えて」
その言葉と同時に、沙貴は右手の『破壊光』を一気に開放したようだった。
右手から溢れた黒き光が一本の柱となり、虎を包み込んでしまった。
洞窟に光でなく闇が溢れそれが消えた時、虎は一握りの塵に破壊され尽くされていた。
「「「「「「・・・・・・」」」」」」
「どうでしょうか?私もお力になるかと思われますが?」
穏やかに言ってきた沙貴に全員首を縦に振った。
「志貴・・・何なのあの子?」
「ただの七夜じゃあないんですか?」
「先輩なら知ってると思うけど、沙貴は『破光の堕天使』だよ」
「えーーーーっ!!!嘘でしょう!!あんな子が!!」
「本当だよ。更に言えば俺と同じ『凶夜』だからね」
「兄様お話は後です。それよりも向こうが相手を決めてきたみたいですよ」
見ると沙貴の言うとおりだった。
ネロ・カオスは先輩に、ロアはアルクェイドを、四季は秋葉に、軋間は沙貴に、そして弓塚は直接俺に襲い掛かろうとした。
しかしとっさに沙貴が弓塚の行動を阻止した為、実質二対一となった。
「ほほうこれは面白いことになりましたな」
今まで高みの見物を決め込んでいた風鐘が不意に心底面白そうな声で言ってきた。
「では、更に面白くいたしましょうか」
そう言うと、唐突に障壁が出現した。
それも俺や翡翠達を中心として、アルクェイド・ロア、先輩・ネロ、秋葉・四季、そして沙貴と軋間・弓塚がそれぞれ戦っている空間の合計五つに分けられたのだ。
「!!風鐘!これは何のまねだ!」
「お遊びですよ。皆さん!!この障壁はそれぞれあなた方と連動しており、どちらかが倒れた瞬間それぞれの空間が繋がります。つまり七夜志貴を守ろうとする者が一人でも負ければそれは七夜志貴の死と繋がる事をお忘れなく。逆に奪おうとする者が倒れれば彼の戒めが一つずつ解け尚且つ、五人全て倒せば私の元にこられる。簡単なものでしょう?」
「ふざけんな!!貴様、これは遊びじゃねえ!!」
「いいえ、遊びですよ。・・・現に七夜は遊び感覚で我ら『凶夜』を弄る様に殺したんですから」
「!!」
俺の脳裏に乱蒼の凄惨な姿が思い起こされる。
そうこうしている内に、分断された空間では因縁深き者達同士の戦いが幕を開けようとしていた。
「はははっ!!姫君よ、以前は力衰え取り込む価値すらも失っていたが今はどうだ。力が・・・あの時と同等にまで・・・」
「・・・それは当然よ、ロア。ここじゃあ志貴があんたを殺してくれたおかげで、私は全ての力を取り戻せたんだから」
「ほほう、では今度こそ姫君よ、貴女の全てを我が物としよう」
「うるさいわね。あの時は志貴があんたを滅ぼしてくれたけど、今度は私があんたを滅ぼす番よ」
その会話の終わりと共に、ロアがまずアルクェイドに襲い掛かる。
「・・・ふむ、本来であれば私が姫君とのお相手を勤めたかったが、蛇めに奪われ我の相手が埋葬機関第七位の代行者か・・・不本意だが仕方あるまい」
「不本意なのは私も同じ事です。本当なら私がロアを完膚無きまでにこの世から抹殺したかったのですが、それをアルクェイドに譲る形となってしまったんですから・・・ですがこの際、死徒二十七祖第十位ネロ・カオス!あなたを神の名において断罪します!!」
「ほほう、これは面白い。ならばお前をわが六百六十六の獣に平等に食わせてやろう」
その途端ネロの体から、次々と獣が姿を現し、先輩は黒鍵をすでに獣達に向けて投擲する。
「まったく、もう二度と見たくなかった顔にまた会うなんて最悪ね」
「何を言っているんだ!!秋葉、俺はお前が戻ってくるのをどれだけ待った事か。俺はあんな偽者なんかより何十倍もお前を思っているんだぞ!今度こそはお前は俺のものになるんだ。そしてあの偽者を二人で弄り尽くして・・・」
「それ以上、兄さんに対する侮辱は私が許さないわよ」
「!!あ、秋葉・・・まだあんな男を・・・あんな偽者を・・・兄と呼ぶかぁ!!」
激情の余り四季は秋葉に突っ込み、秋葉も既に迎撃体制を取っていた。
「・・・軋間、十四年前は里を・・・七夜を滅ぼしたと言うけど、今回はそうは行かないわよ。私が・・・止めるんだから・・・兄様をお守りするんだから」
「・・・・・・」
沙貴の言葉や、両手から放出される『破壊光』にも眉一つ動かさず軋間は無言でゆっくりと沙貴の華奢な体程ある右腕を自分の頭の高さまでに構える。
「もうっ、あんたの所為よ!!今度こそ志貴君を私だけ見てくれる風に出来ると思ったのに!!」
「・・・ふざけないで、貴女が人であれば兄様に近づこうと文句はありません。けど兄様に確信的な悪意を持っている死徒を近付ける訳が無いでしょう」
「な、なによ!!私は今までずっと志貴君を想ってきたんだよ!!」
「私もそれは同じ事!!貴女一人の特権だとでも思ったんですか!!」
「・・・あんた、本当にむかつくわ。さっさと・・・死んじゃえ!!!」
弓塚と軋間が同時に飛び掛かり沙貴は地を蹴り、二人を破壊せんと飛び込んで行った。